三省堂が書籍とオンラインサービスを組み合わせた、「デュアル・ディクショナリー」と命名した新サービスを始めるというので発表の席にお邪魔してきた。
出版=紙というのは辞書も含めてなんとなく暗黙のイメージとして心のどこかに残っているが、電子辞書やCD-ROM版が出されて既に久しいように、根っこは裏で用語編纂の仕組みを支えに持ったデータビジネスである。もちろん、昔はパッケージングの媒体として紙が便利だった。
しかし、情報機器とネットワークを上手く活用していこうという動きは各社試みられている。ビジネスケースとしても有名なマイクロソフトのエンカルタとブリタニカのパッケージ間の競争事例や、コウビルドなどの英英辞典がROM版やオンライン版で大量の文章用例を蓄積して提供していることなど前例は既にある。
また、ポータルサイトを中心にサービスされているオンラインでの用語検索サービス(多くは広告モデルで運営されている)のようにインターネットサービスとして馴染んでいったモデルも多数ある。
三省堂の歴史と辞書市場の現状
ビジネスシステムの話に行く前に会社と環境の話を少し。
三省堂自体は歴史として125年。辞書だけで100年以上の歴史を持っている。頂いた資料とプレゼンテーション内容から幾つか外部環境情報を引くと、
・年間の売上では既にデジタル媒体の方が高い
・市場全体は紙のときよりも広がっている。金額ベースで2.5倍
・97年から今日までで紙媒体辞書は1200万部から600万部に減少
・同時期に、IC型電子辞書は100万台から330万台に増加
というように、約10年で、流通構造が逆転している。
パッケージが変わると、開発から流通プロセスまで大きく変わることになる。本屋さんではなく、電気屋さんで辞書を買う(あるいはネット経由でサービス利用する)時代になっている。チャネルが10年前後で根本から変わってしまうのは、世の中では珍しい変化ではないが、辞書という歴史ある職人商売の業界での変化では転換点と言って差し支えないだろう。
方向感とユーザーメリット
方向感としては
「紙の辞書が良いか、デジタル辞書が良いか」という問題設定は、意味を失ってしまいます。言い換えれば、「紙かデジタルか」という二者択一の論理や、その対立軸は相対化され、「紙もデジタルも」という統合(インテグレーション)が、目指されるべき新たな指標となるのです。
と明言されている。
ユーザーの利用方法としては、本を買うとオンラインへのアカウントを受け取れ、ウェブのサービスにアクセス出来るようになる。上記のように、紙の可読性と情報の空間把握と、ウェブサービスの検索機能の利便性を同時に提供することになるが、この仕組みの実現において課題となるのは、会社のバックエンド機能になる。最終的に利用することになるサービスラインとパッケージに合わせた形で開発プロセスが組まれていないと、手間とコストばかりが嵩んでしまうことになる。
辞書編纂のプロセスを垂直から水平に
紙でもオンラインサービスでも、辞書を出すのに必要なプロセスとしては、
1)収録用語と、それぞれの用語の意味、発音などの属性データの整理
2)登録用語のアップデート、メンテナンスととリリースサイクルの定義(サイクルはパッケージ選択により異なる)
3)マスターデータの組版への流し込み、あるいはデジタル媒体への流し込み
という流れになる。
一般の出版とももちろん共通点は少なくないが、辞書のマスターデータ管理の構造と方法が異なることになる。
以前は紙の媒体を作り、電子版に移植組み換えをするという流れで作っていた。いわば、売上はともかく、作り方としては電子版はおまけという順番になっていたわけである。
今回、辞書制作プロセスにおいて、XMLベースでのマスタデータの共通化を図っている。つまり、マスタとなるデータベースを作成し、後に組版やデジタル化といった複数の媒体チャネルへのパッケージ化作業を行い流通販売に載せることになる。
また、ウェブブラウザをインターフェースにすることで、作業環境の制約を省き、遠隔地の専門家からもスピーディな支援を受けられる仕組みになっている。
エンジニアの方であれば、ソースコードのリポジトリが集中管理されている大規模アプリケーション開発の環境を思い浮かべて頂くと近いかもしれない。あるいは、辞書用にXMLの体系が整備されたWiki的なものをイメージしても近い。
つまり、単なるパッケージの変化ではなく、会社の仕組みとしても紙の辞書屋さんという垂直構造の形態から、データプラットフォーム管理とマルチパッケージの水平モジュール化の仕組みに移行していることになる。
”紙とオンラインを同時に”、と一言で書いてしまうと話は簡単だが、裏側では割と大変なことが起きているのがこの手の転換で良くある話である。あとは、運用フェーズとリリースサイクルをどのように管理していくのか、ユーザーとの距離感とフィードバックをどのように利用していくのかがポイントとなるだろう。
◇
ちなみに、隣で同席していた平田さんもコメントされているので合わせてどうぞ。メディア化の可能性についても少し触れています。
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